稀代の作曲家・筒美京平さんの訃報に触れて [音楽]
作曲家 筒美京平さん死去 80歳 昭和を代表する歌謡曲を作曲 | おくやみ | NHKニュース
日本における稀代の作曲家であった筒美京平さんが、2020年10月7日、誤えん性肺炎のため亡くなったというニュースを知った。
享年80歳だったそうなので、日本人男の平均寿命は越えてはいたが、ここ最近まで、いい仕事をされ続けていただけに、びっくりしたし、ショックは大きい。
筒美さんと言えば、昭和の歌謡曲の巨匠というイメージで捉えられがちだが、その作品ジャンルは、アイドルソング、J-ROCK、J-POPからアニソンなど、様々に及ぶ。
これまでに作曲した作品数は3000曲近くに上るため、決して、素人が気軽に全貌を語ることなど不可能なほど、巨大な存在だ。
実際、訃報に対して、それを報道するニュースや、直接交流のあった方からファンまで、様々な追悼メッセージを読んでいても、皆さん、それぞれの立場で、自分の思い入れのある曲について語るしかないようだ。
まず、ニュースについてチェックしてみよう。
先のNHKニュースが、真っ先に代表曲として挙げたのが、「ブルー・ライト・ヨコハマ」と「また逢う日まで」。
作曲家、筒美京平さん死去 昭和歌謡を代表「また逢う日まで」 - 産経ニュース
産経ニュースのタイトルも、「また逢う日まで」。
筒美京平さんが死去 作曲家、「また逢う日まで」 (写真=共同) :日本経済新聞
日経新聞のタイトルも、「また逢う日まで」だ。昭和の大ヒット曲となると、そうなるのだろうか。
作曲家の筒美京平さん死去80歳 「また逢う日まで」「サザエさん」 - 毎日新聞
毎日新聞は、「また逢う日まで」の次に、「サザエさん」を取り上げた。
筒美京平さん死去 「サザエさん」「魅せられて」作曲:朝日新聞デジタル
朝日新聞は、「サザエさん」の次に「魅せられて」を取り上げた。
作曲家の筒美京平さんが死去 昭和歌謡の黄金期支える、80歳|秋田魁新報電子版
地方紙の秋田魁新報では、「また逢う日まで」の次に、南沙織の「17才」を挙げている。
筒美京平さん死去「スニーカーぶる~す」など作曲 - おくやみ : 日刊スポーツ
スポーツ紙となると随分変わってきて、日刊スポーツは、タイトルに「スニーカーぶる~す」を採用。
作曲家・筒美京平さんが死去 80歳 昭和歌謡彩る 「また逢う日まで」「ギンギラギンにさりげなく」― スポニチ Sponichi Annex 芸能
スポニチは、「また逢う日まで」の次に「ギンギラギンにさりげなく」を取り上げるのは、編集長世代の違いだろうか。
作曲家の筒美京平さん死去、80歳 TOKIOの『AMBITIOUS JAPAN!』など(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース
さらに新しいネットメディアABEMA TIMESだと、タイトルにTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」を取り上げており、異彩を放つ。
こうしたニュースを報道だけを見ても、それぞれのメディアを支える世代の違いにより、筒美さんの見え方が違うことがよく分かる。